毛利元就、武田信玄、伊達政宗、上杉謙信、、、、全国には歴史に名を残している戦国武将にゆかりのある神社仏閣が数多く残っています。 戦勝祈願がされた神社や、何人もの有名武将に信仰されてきた神社に詣でれば勝負運も上がりそう!!  有名武将のエピソードが残る神社仏閣をご紹介。

戦国武将ゆかりの神社

毛利元就、武田信玄、伊達政宗、上杉謙信、、、、全国には歴史に名を残している戦国武将にゆかりのある神社仏閣が数多く残っています。 戦勝祈願がされた神社や、何人もの有名武将に信仰されてきた神社に詣でれば勝負運も上がりそう!! 有名武将のエピソードが残る神社仏閣をご紹介。

北条早雲ゆかりの神社 三嶋大社(みしまたいしゃ)

北条早雲 / 伊勢 盛時(ほうじょう そううん / いせ もりとき)は、室町時代中後期(戦国時代初期)の武将で、戦国大名となった後北条氏の祖で、伊勢 宗瑞(いせ そうずい)とも呼ばれています。

北条早雲は一介の素浪人説が流布し、美濃(みの)の斎藤道三(どうさん)と並んで、下剋上(げこくじょう)の時代を代表する人物とされています。

北条早雲が歴史の表舞台に登場してくるのは、50歳を過ぎた頃から。人生50年といわれた時代に晩年になって活躍した早雲ですが、北条早雲の登場によって戦国時代が始まり、北条の滅亡とともに戦国時代は終わりを告げます。

北条早雲ゆかりの神社なのは三嶋大社(みしまたいしゃ)。 
三嶋大社の創建は古く詳細は不明のところが多いですが、祭神の三嶋大明神は中世以降、源頼朝をはじめとした武士の崇敬を集めてきました。

『北条記』には、北条早雲が三嶋大明神に参籠したときに、ネズミが出てきて二本の大杉を根元からかじって倒す姿を見たと記されています。

北条早雲の干支は鼠。杉は関東管領の上杉家を指すとされ、早雲はこのとき関東制覇を決意したといわれています。


住所:静岡県三島市大宮町2-1-5
Tel:055-975-0172


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毛利元就(もうりもとなり)ゆかりの神社 厳島神社

毛利 元就(もうり もとなり)は、室町時代後期から戦国時代にかけての安芸の国人領主・戦国大名。
安芸の小規模な国人領主から中国地方のほぼ全域を支配下に置くまでに勢力を拡大し、戦国時代最高の名将の一人と後世評されています。 用意周到な策略で自軍を勝利へ導く稀代の策略家として名高いです。

安芸国吉田郡山城(現在の広島県安芸高田市吉田町)を本拠とした毛利弘元の次男で、元就は諸方面に支配の手を伸ばし、その領域は西は長門から東は備中(びっちゅう)・因幡(いなば)まで10か国に及んだといわれています。

毛利元就ゆかりの神社である厳島神社(いつくしまじんじゃ)は古代から信仰を集めてきた島の上に立つ神社として知られています。
戦国時代には、厳島合戦の舞台ともなりました。

毛利元就と陶晴賢(すえ はるかた)の厳島の戦いは、毛利方の勝利で終わり、毛利元就はこの勝利を厳島大明神のご加護だとして、大掛かりな社殿の修復を行い、後々まで篤く神社を奉ったとされています。
厳島神社には豊臣秀吉も九州遠征の途中に参拝しています。

住所:広島県廿日市市宮島町
Tel:0829-44-2020


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上杉謙信ゆかりの神社 武水別神社(たけみずわけじんじゃ)

上杉 謙信(うえすぎ けんしん)/上杉 輝虎(うえすぎ てるとら)は、戦国時代の越後国の武将・大名。 後世、越後の虎とも越後の龍とも呼ばれました。

内乱続きであった越後国を武力で統一し、産業を振興して国を繁栄させたとされています。

武田信玄、北条氏康等の敵対勢力と同時に対抗しながら、その軍事的手腕を発揮して敵の侵略を阻止。さらに足利将軍家からの要請を受けて上洛を試み、越後国から西進して越中国・能登国・加賀国へ勢力を拡大しました。


上杉謙信ゆかりの神社として知られる武水別神社(たけみずわけじんじゃ)は水と農業の神・武水別大神に加えて、軍神として崇敬される八幡神を祭神としています。
そのため武将からは戦勝祈願の社として信仰されてきました。
上杉謙信は川中島の戦いに際して武水別神社で戦勝祈願を行いました。 武田信玄に対する戦の正当性を主張した願文を納め、必勝を祈願しています。 この書は現在も残されています。

住所:長野県千曲市大字八幡3012
Tel:026-272-1144


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武田信玄ゆかりの神社 生島足島神社(いくしまたるしまじんじゃ)

武田信玄ゆかりの神社 生島足島神社(いくしまたるしまじんじゃ)は、万物に生命力を与える「生島大神」と、人の願いに満足を与える「足島大神」の二神を祀る神社です。

武田信玄は、上杉謙信との戦いに望む際にこの生島足島神社で戦勝祈願を行っていて、今でもその願文が残っています。

また、支配下の武将を集めて神前で忠誠を誓わせ、誓いを破ったときには神罰を被ります、と書かせた起請文も残っています。

住所:長野県上田市下之郷中池西701
Tel:0268-38-2755


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島津義弘(しまづよしひろ)ゆかりの神社 霧島神社

島津義弘(しまづよしひろ)ゆかりの神社 霧島神社は高千穂峰に降臨したニニギノミコトが主祭神。

霧島神社は薩摩を領地とする島津家代々から信仰され、重要な戦いに際しては、霧島神宮のおみくじを引き、神託をうけていました。

名将として知られる島津義弘が朝鮮出兵の前に戦勝祈願をして大いに戦功をあげて無事に帰還し、社領などを寄進したというエピソードが残っています。

住所:鹿児島県霧島市霧島田口2608-5
Tel:0995-57-0001


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徳川家康ゆかりの神社 神田明神(かんだみょうじん)

徳川家康ゆかりの神社 神田明神(かんだみょうじん)は730年の創建。

徳川家は関が原の戦いの前に、神田明神で戦勝祈願を行い、9月15日の神田祭の日(現在の神田祭は2年に一度、5月中旬に行われています)に勝利を収めました。

徳川幕府が開かれると、江戸城の鬼門を護る現在の場所に移り、江戸時代を通じて「江戸総鎮守」として、幕府だけでなく、江戸庶民からも篤い信仰を集めています。

住所:東京都千代田区外神田2-16-2
Tel:03-3254-0753


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山内一豊ゆかりの神社 龍尾神社(たつおじんじゃ)

山内一豊ゆかりの神社 龍尾神社(たつおじんじゃ)は掛川城の鬼門にある古社。

城の守護神として歴代藩主からの信仰を集めてきました。

特に、戦国時代、10年間掛川を治めて発展させた山内一豊の龍尾神社への信仰は篤く、掛川で生まれた養子で二代目になる忠義の氏神としたことが知られています。

その後、山内一豊は土佐に国替えになりましたが、龍尾神社の分神を高知城下に勧請し、掛川神社として祀りました。

住所:静岡県掛川市下西郷84
Tel:0537-23-0228


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豊臣秀吉ゆかりの神社 竹生島神社(ちくぶじまじんじゃ)

日本一広い湖 滋賀県の琵琶湖に浮かぶ竹生島は神々が棲む島として信仰されてきました。

豊臣秀吉は竹生島神社(ちくぶじまじんじゃ)に、伏見桃山城の日暮御殿(ひぐらしのごてん)を本殿に、として寄進している。

秀吉が最初に藩主になれたのが長浜で、いわば出世のスタートといえる地。 その滋賀県湖北の地で最も信仰を集めていた竹生島神社には特別な思い入れがあったといえます。

住所:滋賀県東浅井郡びわ町早崎1821
Tel:0749-72-2073


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徳川家康ゆかりの神社 愛宕神社(あたごじんじゃ)

愛宕神社(あたごじんじゃ)は1603年に徳川家康の命によって建立されました。

防火・防災の神である火産霊命が主祭神です。

家康が信仰し、天下取りの祈願をかけた将軍地蔵菩薩、普賢大菩薩の像も祀られています。

愛宕神社は武士からの信仰が篤かったため、諸大名が幕府に忠誠を誓う意味から参勤交代で国に帰るときに霊してもらい、地元に愛宕神社が祀られました。

住所:東京都港区愛宕1-5-3
Tel:03-3431-0327


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伊達政宗にゆかりの深い大崎八幡宮(おおさきはちまんぐう)

伊達政宗にゆかりの深い大崎八幡宮は、平安時代、坂上田村麻呂が武門の守護神を宇佐八幡宮から勧請したのがはじまりとされています。

戦国時代になると、伊達政宗が仙台城の乾(北西)の方向にご神体を遷し、現在の場所でられるようになりました。

大崎八幡宮は仙台城とともに城下の守護として崇敬を集めてきました。
豪壮で華麗な社殿は安土桃山建築を代表し、現存する最古の権現づくりの建物で国宝となっています。

住所:宮城県仙台市青葉区八幡4-6-1
Tel:022-234-3606


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八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)

八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)は「八幡さま」として親しまれ、現代ではもっともポピュラーな神になっています。
日本独自の軍神で八幡神を祀る社は日本一の数で全国に4万社以上もの八幡神社があるといわれています。

神仏習合によって仏教と融合し、八幡大菩薩と呼ばれるようになりました。

源氏の氏神でもあり、多くの武将に崇敬されてきました。

摩利支天(まりしてん)

摩利支天(まりしてん)は元はインドの風神です。
"マリシ"はサンスクリット語で、威光とかカゲロウと訳され、摩利支天(まりしてん)は陽炎が神格化したものとされます。

陽炎は実体がないので傷つくこともなければ、捕えられることもないので、その特性から摩利支天(まりしてん)は軍神として多くの戦国武将の信仰を集めることとなりました。

毘沙門天(びしゃもんてん)

毘沙門天(びしゃもんてん)は、四天王および十二天の一人でもあり、鎧を着ているところに特徴があります。
帝釈天(たいしゃくてん)に仕える四天王の一尊として、守護神、武神とされています。

もともとはインドの神クベーラとされ、多聞天とも呼ばれています。
毘沙門天が多聞天と呼ばれている所以は、毘沙門は梵語(サンスクリット語)の音写で、意味は多聞とか普聞と訳されるからです。

毘沙門天(びしゃもんてん)は日本以外でもアジアの広い範囲で信仰されています。

勝軍地蔵(将軍地蔵)

鎌倉時代以降、武士たちが信仰した軍馬にまたがった地蔵菩薩。

戦が困難に陥ったときに地蔵に祈ったところ、勝利に導いてくれ、身代わりに矢を受けてくれたというエピソードも残されています。

妙見菩薩(みょうけんぼさつ)

妙見菩薩(みょうけんぼさつ)は北極星を神格化して生まれた仏様です。
妙見菩薩(みょうけんぼさつ)は、仏教における信仰対象である天部の一つで、妙見尊星王(みょうけんそんしようおう)、北辰(ほくしん)妙見菩薩とも呼ばれます。

妙見とは優れた視力、という意味。

北斗七星のうちのひとつの星、破軍星は戦の行方を決めるものとして武士の信仰を集めました。

不動明王(ふどうみょうおう)

不動明王(ふどうみょうおう)は真言宗の教主「大日如来」の化身とされ、悪魔を降伏させ、煩悩を抱える全ての人を救うため、その覚悟から恐ろしい憤怒の姿をしています。
すべての障害を打ち砕き、おとなしく仏道に従わないものを、無理矢理にでも導き救済するという役目を持っているのです。

不動明王(ふどうみょうおう)はお不動さんの愛称でも親しまれていて、特に日本での根強い信仰があります。

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